不動産業界におけるコンプライアンスチェックの重要性を考える/第五十一回
不動産IT技術研究所
不動産との取引では、売り手と買い手、貸し手と売り手など様々な人物が登場します。
本当に当事者によって取引が行われているのか、それを確認するには本人確認が必要ですが、きちんと時間をかけて行うには、作業の負担が大きく、また見落としてしまうと取り返しのつかない損害が発生してしまうかもしれません。
現在、注目されている本人確認サービスの仕組みについて、また不動産業界・賃貸領域に与える影響等についても考えてみましょう。
オンライン上で本人確認する技術を「eKYC(electronic Know Your Customer)」と呼びます。従来の対面や郵送を経て行っていた本人確認(KYC)に「electronic(=オンライン)」の要素が加わりました。
コロナなども要因となり、銀行口座開設やクレジットカードの発行、シェアリングサービスや各種手続きなどをオンライン上で行う機会が増えたことで、eKYC技術を活用した本人確認サービスの需要は高まっています。
eKYCには主に2つのタイプがあり、免許証などの本人確認できるものと自身を同時にスマホで撮影し、画像をアップロードして本人確認を行う「セルフィーアップロード型」と、ユーザー同意のもと、携帯電話会社や銀行などから情報提供してもらい、本人確認をする「フェデレーション型」があります。
画像解析にはAIによる顔認証技術なども活用されていることから、これまでよりも高精度な確認が可能となりました。
IT調査やコンサルティングを行っているITR(アイ・ティ・アール)が2023年4月に発表した「eKYC市場規模推移および予測」によると、2023年のeKYC市場規模は93億円で、3年後の2026年には152億円にまで成長すると予測されています。
eKYCサービスが広がっている理由は、オンラインや遠隔でのサービス利用といったユーザー側の利便性だけではありません。犯罪収益移転防止法(防収法)の改正によって、「特定事業者」と呼ばれる事業者が、特定取引やハイリスク取引を行う際に本人確認が義務化されたことも大きな要因です。
犯罪による収益の移転を防止し、マネーロンダリングやテロ資金の供与防止などの規制が強化されたことで、精緻な本人確認が必要となりました。
また、通常の業務のなかで本人確認を行うとなると、必要書類の回収や情報の照合などの作業が煩雑になるため、専門的なサービス利用の需要が高まっているのです。
不動産業界でも非対面・非接触、遠方やオンラインでの不動産取引が可能になったことから、eKYCサービスの導入が進んでいます。
地面師事件は、不動産の所有者であると偽って土地の売却を持ちかけ、売却代金を詐取する詐欺手法で、数年前には大手不動産会社に数十億円にものぼる被害が発生し、大きな話題となりました。地面師の手口は、運転免許証や印鑑証明なども精巧に偽造するため、素人では判断ができないといわれています。
高精度のAIによる画像識別などが可能なeKYC技術を活用することで、「なりすまし」を未然に防ぐことが期待されています。
家賃保証会社の審査業務において、入居者の本人確認や反社チェックは確認の工数がかかる一方で、正確性も求められます。eKYCサービスを導入し、取引リスクの早期検知や業務の効率化に貢献するといった事例も増えています。
また、不動産クラウドファンディングにおいても、登録したユーザーの本人確認から投資まで手続きに時間がかかりすぎることやオンラインでの投資家登録が煩雑になるといった課題があり、こういったなかでもeKYC技術の活用が進んでいます。
無人の民泊物件の宿泊者の本人確認や、レンタルスペースやコワーキングオフィスの利用者登録といったシーンでもeKYCサービスは活用されています。
特に、民泊や宿泊施設、シェアリングサービスなどでは「ユーザー・宿泊者と連絡が取れない」「設備や備品が破損されている」といったトラブルも発生しかねません。そういったリスクやトラブルに対しても本人確認をきちんと行うことで、あらかじめ予防線を張り、いざトラブルが発生した際にも対処をすることが可能です。
本人確認やeKYCサービスは、市場はまだ小さく認知度も低い分野といわれています。しかし、今後オンラインサービスが充実し、不動産においてもオンライン取引が普及することにより、本人確認やその効率的な提供は、非常に重要なサービス提供の一部になるでしょう。
不動産取引を仲立ちする立場である不動産事業者にとって、信頼性や信憑性を担保する本人確認のサービスにいち早く注目し、最新のサービスに対応していくことは、顧客との信頼関係の構築や安全性を高めることにも繫がるため、決して無駄なことではありません。