不動産業界におけるコンプライアンスチェックの重要性を考える/第五十一回
不動産IT技術研究所
将来的な世帯数の減少や大手や新規事業者の参入など、昨今、不動産管理会社にとって経営環境は一層厳しいものとなっています。座して待つのではなく、今後、管理会社はどのような方向に進化していくべきなのか。今回は、その一つの可能性を示唆するセミナーの様子をご紹介します。
神奈川県大和市で賃貸管理を中心に地元に密着したサービスを展開する不動産会社、小菅不動産の代表取締役、小菅貴春氏が「賃貸管理会社だからこそできる相続支援業務」と題し、高い意識を持つ管理会社の皆さんに向けてお話をしました。その様子を3回にわたってお伝えします。第2回目は、相続支援とは何かを具体的にしていきます。
まず、実際に相続税が課税されているのはどんな資産なのかを見ていきましょう。国税庁の統計によると、相続税が課税される資産の約半分は土地です。都市部の地価の高いエリアであれば、この比率はますます上がるでしょう。
ポイントは、現金なら簡単に分けられますが、土地はそうはいかないということ。相続の半分以上が土地ということは、相続対策イコール土地対策と言っても過言ではないのです。だからこそ不動産の専門家である管理会社や不動産会社の出番となります。
平成27年に施行された税制改革は、税収確保や格差是正などの観点から、相続税が大幅に増加されたことが大きな特徴です。その反面、高齢者層の形成する多額の資産を世の中や若い世代に還元すべく、贈与税の課税は緩和されました。相続税を重く、贈与税を軽くという大きな方向転換に対して、いかに相続資産の評価を低くするか、そしていかに生前贈与を活用して子孫に資産を受け継ぐかが、非常に重要になってきました。
いずれにしても、早く準備を始めるに越したことはありません。そのようなことを日頃から伝えておけば、いざ本気で考えようというときに、第一に相談を持ちかけられるような地ならしになるでしょう。常に情報を仕入れ、伝え、オーナーの意識をこちらに向けておく努力が必要です。
第1回のレポートでは、数々のビジネスチャンスを逃したケースを紹介しました。そのようなことがないように、ぜひ相続に詳しい優秀なパートナーを見つけて、ビジネスチャンスを拡大してほしいと、小菅氏は言います。相続支援業務は、専門的なことになると当然、税理士法や弁護士法に抵触する部分も出てくるので、必ず士業の専門家とパートナーシップを組んで進めることがポイントです。その際に、必ずしも全ての税理士や弁護士が相続に詳しいわけではないので、自社の顧問税理士や顧問弁護士にこだわらず、ネットワークを広げる努力も重要です。それがビジネスチャンスの拡大にもつながるでしょう。
では、相続支援業務とは、具体的に何をするのでしょうか。セミナーでは一例として、小菅不動産が取り扱ったケースが紹介されました。
【依頼の内容】
・依頼人は80代の男性。病気がちだが意識はしっかりしている
・実子はいない。法廷の相続人は複数の兄弟姉妹と甥姪
・土地を複数所有し、現況は駐車場
・姪に資産を引き継ぎたい
【ポイント】
・相続人はいずれも遺留分がないので、遺言を残せば姪だけが相続できる
・姪を養子にすれば控除額(課税対象から除外される金額)が大きくなり相続税を節税できる
・土地に建物を建てれば評価額が圧縮され、相続税を節税できる
【小菅不動産が実施した対策】
・相続させたい姪と養子縁組
・駐車場にアパートを建設
・小菅不動産を遺言執行者に指名
【小菅不動産が得た成果】
・アパートの建築に関わる紹介料
・アパート竣工後の管理を受託
このケースは、依頼人にお子さんがいないので、相続の範囲が、兄弟姉妹とすでに死亡した兄弟姉妹の代襲相続にあたる甥姪にまで広がりました。ただしいずれも遺留分はないので、「渡さない」という旨の公正証書遺言を書けば、資産が渡ることはありません。
また実子がいない場合は、養子を2人まで法定相続人に含めることができます。今回、依頼主は、日頃から交流があり、何かと生活の手助けをしてくれた姪にすべてを相続させたいという希望をもっていました。そこで「養子」は「姪」より控除額が大きいため、姪と養子縁組をすることにしました。
ここまでが、相談を受けた小菅不動産がまずその男性に提案したことです。その後は、優秀な税理士が参画して上記の一連の手続きを進めながら、小菅不動産は不動産の専門家として、アパート建設を提案し、進めていきました。「相続支援というと敷居が高いイメージでしょうが、決してそんなことはありません。ポイントはファーストコンタクトで、いかにちゃんとした知識を持って提案できるかです。ちょっとの知識で突破口を開けば、その先は専門家と組んで進めればいいのです。」(小菅氏)
なお、小菅不動産を遺言執行者としたのは、依頼人がご逝去した後の手続きを円滑に進めるためです。姪も様々な手続きに煩わされることはありません。実際、依頼人の男性はその後、ほどなくして亡くなったそうです。ご高齢で入退院を繰り返していた今回のようなケースでは、いつ「もしものこと」が起こるかわかりません。優先順位をつけてスピーディーに進めたことも、成功のポイントの一つでしょう。
相続支援を手がけるにあたって、セミナーではいくつかの注意すべきポイントが挙げられました。
まずはご逝去から手続きまでのスケジュールです。図のように10か月で全てを完了しなくてはいけないので、思いのほか時間がないものです。ご逝去されてから慌てるのではなく、生前から気軽に相談できる関係を築き、対策もできることから始めることがベターでしょう。
オーナーに提案する際は、建設会社の資料をそのまま出すのではなく、比較できるフォーマットを自前で作成し、投資と利益、メリットなどが一覧できるようにするといいでしょう。会社によってまちまちな見積書や提案書は、オーナーが見てもわかりません。きちんと判断できる形に整えるという一手間が、管理会社への信頼につながります。
「当社は大手、中堅のハウスメーカーとはすべて関係を構築しているほか、アパート、工場、倉庫、介護施設などオーナーさんのあらゆるニーズに対応できるように、数々の提携先を持っています」と小菅氏。建築コンサルティングをする立場である以上、オーナーの最大限の利益の実現のために、あらゆる可能性を実現できる体制の構築が不可欠です。「優秀な管理会社はたくさんの提携先を持っているし、ハウスメーカーなどの営業も、優れた担当者であるほど労を厭わずに見積もりを出してくれるもの」(小菅氏)。豊富な提携先を持って、提案の幅を広げる努力が必要です。
このように、相続対策=不動産対策であり、相続支援業務は、管理会社と極めて相性が良いもの。日頃から不動産に関わるあらゆる相談を受ける中で、相続も見据えた提案ができれば、極めて自然な流れになるでしょう。小菅氏も「ただの不動産管理会社ではなく、人と資産を管理する会社なのだという意識変革が必要」と力を込めて言います。相続支援を切り口にすることで、オーナーや富裕層の囲い込みにつながるのです。
もちろん、管理会社側の利益のためだけに言っているのではありません。税理士が地元に詳しくない不動産会社を連れてきて、例えば駅から遠いところに無理やりアパートを建ててしまうようなこともあるでしょう。地元に密着して展開している会社にしてみれば、「なんであんなところにあんなものを。自分たちに任せてくれれば…」と、忸怩たる思いを持つに違いありません。
オーナーとの信頼関係の構築や良質なストックの形成、ひいては地域の活性化など、あらゆる面で、地元に密着した管理会社が相続支援業務を手がけることには数々のメリットがあると言えるでしょう。
小菅 貴春
日管協公認 上級相続支援コンサルタント
1975年生まれ。1997年、神奈川大学経済学部経済学科卒業後、ディスプレイ制作の株式会社ムラヤマに入社。2003年、家業である小菅不動産へ。代 表取締役就任。同社は1968年創業。神奈川県大和市を中心に不動産の売買・仲介・管理などを手がける。米国不動産経営管理士、日管協公認上級相続支援コ ンサルタントなどの資格も保持